反人間と不道徳のケインズ

福祉国家・国土強靱化などのケインズ経済学が現在の日本に跳梁跋扈していますが、中川八洋著『保守主義の哲学』を参考にして、ケインズは日本社会の健全性を蝕む狂妄の思想家であり要注意なことを示します。
P338 第一節 反人間と不道徳のケインズ
冷酷非情な、子孫憎悪の唯物論者
具体的にこの“特殊な思想”とはまず、歳入(財政負担能力)を度外視した社会保障費を歳出させた「福祉国家」というユートピア論である。次に、個人の生涯にわたる健康と所得を各自の努力や能力に無関係に絶対に平等にしなければならぬとするイデオロギーである社会主義(共産主義)の平等主義の思想である。第三に、狂気の段階をすでに超えたといいうる日本の国債の異常乱発は山のごとき借金を子孫に遺しているが、日本の国会議員のほぼ全員が危惧の念をまったくもたない。未来喪失のニヒリズムだけでなく、自由否定/道徳否定の狂気から生まれたケインズ経済学を“学問”と考える神話が1960年代から永年にわたって大卒以上の日本人に広く浸透してしまったからである。
マルクス経済学とは、カルト性のきわめて濃い、まさしく宗教そのものの教説であった。このことが統計データを駆使して数学を用いただけにすぎないケインズ経済学をあたかも「科学」であるかのごとく錯覚せしめたのだろう。しかし、ケインズの源流は、いかに本人が「ベンサム主義からの脱却」といっても、ベンサムのレッセ=フェールを転倒させた「レッセ=フェールの終焉」型の、ベンサム功利主義を継承するものの一派である。また、一国の経済など少数のエリート集団の命令でやっていけるというデカルト/ホッブス的な知的傲慢からの経済思想がケインズ経済学の根底にある。この点において、独裁の党は数千万人であろうと数億人であろうと全人民の需要・供給を計算できるとするマルクス経済学と、ケインズのそれは、祖先が同じ血のつながった親類である。
ケインズの「自伝」は、次のように、ケインズがベンサムやマルクスと同じ唯物論者である可能性を強く示唆している。ケインズ経済学を貫く、子孫に大借金を残して良心が痛まないあの非人間的な冷酷性は、子孫が不幸になることに悦楽を覚えた、爛れたニヒリズムの病人であったケインズの人間性における、冷酷非情な反道徳の信条に基づいている。ケインズは自らの信条が「不道徳のきわみ」であることを、はっきりと認識していた。
「われわれは一般的ルールに従うという、われわれに課せられた個人的責任をまったく拒否した。われわれは慣習的な道徳や、因襲や、伝統的な知恵をまったく拒否した。・・・われわれは、厳密な意味における不道徳主義者であった。・・・われわれは伝統的な知恵だの、慣習の掣肘だのを、まったく尊重しなかった。・・・人間に対しても、尊敬の念がまったく欠けていた」(「若き日の信条」『ケインズ全集』第十巻、東洋経済新報社、581~583頁)。
なお、ハイエクは、ケインズについて、学者とはとても思えないと、同僚として垣間みたその日常生活から次のように回想している。
「私がケインズを非難するのは、彼が(病院に見舞いにいった折に尋ねたら自らそう認めた)そんな時事的なパンフレットにすぎないものに、『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936年)などと大仰なタイトルをつけたからである。・・・彼は天分と気質からして学者や研究者というより芸術家であり政治家であった。・・・彼は時間のかかる苦痛の伴う知的な作業に我慢できなかった。・・・彼が経済学に使った時間もエネルギーもとてもわずかなものであった」(フォン・ハイエク『市場・知識・自由』、ミネルヴァ書房、194頁、カッコ内中川)。
W・レプケもその著『自由社会の経済学』(1963年)で、ケインズ経済学の核心を、次のように述べている。
「われわれはケインズの教説のうちに、自ら近代性と進歩性を主張する誇りをもち、社会と経済を“造り変える”ことができると信じこんだ人の社会哲学を見出すのである。またわれわれは数学の方程式に現わすことができないし、統計の集積や、経済計画の題目の中は限定することもできない、人間の心と人間の社会の神秘的な力を忘れた人を見出すのである」(W・レプケ『自由社会の経済学』、日本経済評論社、260頁)。
ケインズ経済学の「反道徳のススメ」は、かくして、政治の堕落を推し進めることになったのである。J・M・ブキャナンらは、「ケインズ派経済学は政治家を締りのないものに変えてしまった。つまり政治家の例の支出癖にたいする効果的な束縛を破壊してしまった。ケインズ派のメッセージで武装した政治家は、課税の必要に迫られずに支出できるし、また支出している」(J・M・ブキャナンほか『赤字づけのデモクラシー』、文真堂、4頁、1977年)と激しくケインズ経済学を非難するが、良心ある人間なら誰しも共感する常識であろうか。
ちなみに、ケインズに至る思想系譜は次のようなものであろうか。
図 ケインズ思想の源流
 ホッブス        →↓    ↑→オースティン(命令法学)
 エルヴェシウス(唯物論)→→ベンサム→→J・S・ミル(社会主義)
 ルソー → ベッカリーア→↑    ↓→G・E・ムーア→ケインズ(国債乱発主義)

 マルキストが支える日本のケインズ経済学
 マルクス経済学や社会主義経済思想であれ、ケインズ経済学であれ、福祉国家論であれ、自由社会の経済にとってその自由を必ずや侵害し窒息せしめて自由な国家の存立の基盤を破壊する点において共通して有害であるのは自明なことであろう。しかし日本では、ウォール街の株の暴落の翌年である1930年頃からソ連軍のチェコ侵略の年である1968年頃までの戦前・戦中・戦後を通じた約40年間、学界は東大/京大の経済学部をはじめとしてマルクス経済学のみが蟠踞していた。社会主義経済理論を批判する先駆的な泰斗である、フォン・ミーゼスの主著『ヒューマン・アクション』(1949年)の翻訳刊行ですら出版社がなく、1991年のソ連崩壊の年にやっと春秋社から出た。ハミルトンらの『ザ・フェデラリスト』の全訳もこの1991年に203年を経てやっと出た。この世界的な二つの大古典が、1991年まで日本では出版されなかったのは偶然ではあるまい。
 あの世界的な反響をよんだミーゼスの「社会主義経済計算不能論」(1922年、同年刊の『共同経済』に収録、英訳は1929年でそのタイトルは『社会主義』)は、日本では実質的にまったく読まれなかったといってよい。そればかりか、1937年には計画経済を導入したいばかりに、近衛文麿らは、その手段として日中戦争(日支事変)を開始したのである。まったく不必要なのに、1937年の10月には「パーマネントはやめよう」「日の丸弁当」運動が始まり、外国製のウィスキーや化粧品は輸入禁止となった。これらの措置は当時のスターリン圧制下のソ連を模倣したものであった。それは日本の学界と官界と政界におけるスターリン崇拝から、日中戦争が始まったことを十分に示唆している。実際に、大東亜戦争はレーニンの『帝国主義論』を教典とした「解放戦争」となった。マッチや砂糖の配給は1940年6月、米の配給は翌41年4月であり、すべてが、日本が経済的に疲弊し破綻した米国との戦争(1941年12月~)が始まる以前であった。このときのスローガン「乏しきを憂えず、等しからざるを憂う」もスターリンのスローガンからの盗用であった。要するに、「貧困の平等」のソヴィエト体制を理想として計画経済を導入すべく、日本は大東亜戦争に突入したのである。
 戦前日本で自由市場経済を擁護したエコノミストは山本勝市(主著は『計画経済の根本問題』、理想社、1939年。この237~256頁にミーゼスが紹介されている。)ひとりぐらいしかいなかった。この「山本ひとり」という事実ほど、大内兵衛・有沢広巳・脇村義太郎・大塚久雄らの共産主義者ばかりに占領された、ミーゼスを排斥した戦前・戦後の日本の経済学界の本質がいかなるものであったかを明らかにしてくれるものはない。
 しばしば誤解されているが、地主階級つぶしが真の狙いであった戦後の「農地解放(1946年)」の推進は、占領軍の米国(GHQ)がしたのではなく、ごりごりのスターリン教徒であったマルキスト和田博雄(農林省農政局長)らが主謀者であった。米国農業は大地主制であり、農地所有の細分化などは、アメリカ人にはまったく発想できなかった。「農地解放」は、レーニン/スターリンが1921年頃から1930年代末までウクライナ等で執拗に実行した「富農(クラーク)追放」をまねたものであった。
「家」制度つぶしと均分相続の導入である民法改正も、同じくマルキストの我妻栄や中川善之助(日共)らがGHQをうまく騙して敢行したのである。GHQのほうはこの民法改正に強く反対した。長子相続や遺言相続しか知らない米国人にとって、「均分相続」はまったく理解も発想もできなかった。また、祖先の家系を辿るのが趣味の米国人は、核家族よりも「家」制度の方に親近感をもっていたのである。
 戦前・戦後の日本の知識人のなかで自由社会を擁護するものは限りなくゼロであった。戦時中の「超右翼」学者-宮沢俊義/家永三郎/平野義太郎/大森義太郎その他-はほぼすべてが極左マルキストの“偽装”であった。戦前の日本に自由を擁護した知識人はほぼゼロであった。“赤い思想”という巨大な負の遺産をそのままにしての再出発であったが故に、戦後日本は、米国と同盟国になり自由社会に属しながら、学界・教育界は反自由の極左イデオロギー一色でありつづけたのである。
 さて話を現在に戻して、今日の日本がすでに走っている“転落への道”とは、ハイエクが次のように描くとおりの、日本がいずれインフレを何度も繰り返して自ら日本の社会基盤を根こそぎ破壊する“崩壊への道”であろう。
 「累進課税の方法によって、負担を実質的に富裕な人びとの肩に移すことができるという幻想・・・の影響のもとで一般大衆はその影響のなかった場合よりも、はるかに重い負担を受け入れるようになったのである。・・・各世代がその先行世代の必要とする支払いによって、後続世代の援助にたいして同様の請求権をもつのである。このような制度は、一度とり入れられてしまうと、永久に存続しつづけねばならないか、あるいは、完全に崩壊にまかされることになるかのどちらかであろう。それゆえ、・・・その負担からまぬがれようとして、インフレーションをいくたびも繰り返すことになるのが落ちであろう」(『ハイエク全集』第七巻、春秋社、81頁、72頁)。
 日本が子孫への義務としての国家の永続のためにハイエク政治哲学に学ぶとすれば、まずは政府を「法の支配」下に戻して、とりわけ議会の立法を“法”において制限することであろう。また、詐欺的経文の魔語「弱者」の呪縛から国会も官僚も覚醒して、「社会正義(分配の正義)」などという、道徳規範をも溶解していく「亡霊(mirage)」を信仰することから一日も早く離脱しなくてはならない。
 それにしても日本では、ハイエク経済学は積極的に排除されている。またケインズ経済学がマルキストたちに支えられ、マルクス経済学と「兄弟の契り」でもあるかのように連携している。道徳破壊のマルクス経済学と、道徳否定のケインズ経済学とは“反道徳”において双生児である。現在の“破壊”に未来の到来を夢想するマルクス経済学と、ニヒリズムから未来の“自己破壊”を期待するケインズ経済学とは、“破壊”の衝動の点では共通である。日本では、マルクスだけでなく、ケインズからも自らを解放することが急務である。
p384 表1 日本を益する自由擁護の保守主義系の思想家たち(ベスト・フォー)
コーク(1552~1634年) 『英国法提要』(1628~41年)
バーク(1729~1797年) 『フランス革命の省察』(1790年)
ハミルトン(1755~1804年) 『ザ・フェデラリスト』(1787~88年)
ハイエク(1899~1992年) 『法、立法、自由』(1973~79年)
p385 表2 日本を害する人間憎悪・伝統否定・自由破壊の思想家たち(ワースト・シックス+ケインズ)
デカルト(1596~1650年) 『方法序説』(1637年)
ルソー(1712~1778年) 『社会契約論』(1762年)、『エミール』(1762年)
ヘーゲル(1770~1831年) 『法の哲学』(1821年)、『歴史哲学』(1840年)
マルクス(1818~1883年) 『共産党宣言』(1848年)、『資本論』(1867年)
レーニン(1870~1924年) 『国家と革命』(1917年)、『帝国主義論』(1916年)
フロイト(1856~1939年) 『自我とエス』(1923年)
ケインズ(1883~1946年) 『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936年)
p386 要するに、表2にリストした「狂妄の思想家」、ハイエク的表現では「迷信の知」が、日本の学校教科書を占領している。そして、日本の大人も次代の子孫がこのような狂気に洗脳されるのを非常識かつ無責任にも野放しに放置している。このままでは日本の未来は暗く、日々混濁の闇を濃くして着実に亡国へと転倒するだろう。日本人には子孫への愛情がまったく欠如している。



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